第1章│身内を送るつもりで納棺する|喜怒哀楽の家族葬® 樺澤忠志の記録


身内を送るつもりで納棺する|喜怒哀楽の家族葬® 樺澤忠志の記録

私は、納棺師としてすべてのご遺体にこう向き合います。「この人が自分の身内だったらどうするか」。それが、私の納棺の軸です。

納棺師として働く中で、一生忘れられない現場がある。

それは、岐阜県での出張中、私が初めて一人で担当した納棺だった。

納棺協会所属、岐阜への一ヶ月応援

当時私は、全国を飛び回る納棺師として株式会社納棺協会に所属していた。ある日、岐阜支店への一ヶ月応援を命じられ、大手葬儀社からの依頼を受けて現場に入る日々が始まった。

件数は正確には覚えていない。だが、その中の一件だけは、今も鮮明に覚えている。

出張先で、初めてひとりで任された現場

その日は、私が初めて一人で納棺を任された日だった。ご遺体の前に立ち、手を合わせる。

私はいつも、どの方に対してもこう思って臨んでいる。「この人は、自分の母だ」と。

髪を整え、表情を整え、優しく声をかけながら、心を込めて手を添える。それが、私にとっての納棺だった。

遺族の涙と、言葉と、想い

納棺を終え、立ち上がってご挨拶しようとしたとき、娘さんが涙を浮かべて私の前に立った。

「ありがとうございます。母が、若返ったように見えました。
小さい頃に見た、あの頃の母の顔でした」

他のご家族も次々に声をかけてくださった。「本当にきれいだった」「母がこんなに穏やかな顔になるなんて」

寸志に込められた想い

その娘さんが、寸志を手渡そうとしてきた。私は一瞬ためらった。会社の規定では、事前に葬儀社の許可が必要だったからだ。

しかし、こう言われた。

「どうしても受け取ってほしいんです」

私は深く頭を下げ、受け取らせていただいた。それは金額ではなく、間違いなく「気持ち」そのものだった。

あの夜の電話、原点になった一言

その夜、私はレオパレス21の一室から家族に電話をかけた。

「今日、すごい納棺があったんや。お母さんみたいな人で、家族みんなが泣いてくれてな。
寸志ももらって、ほんまにありがたかったわ」

その時の気持ちは、今でもはっきりと覚えている。

あの日が、すべての原点

この一件が、私にとっての原点になった。

誰のために、何のためにこの仕事をしているのか。その答えを、自分の中で静かに見つけた日だった。

どれだけ件数が重なっても、どれだけ疲れていても、私はこの原点を忘れない。

この方は、自分の家族だ。そう思って手を合わせる。それが、私の納棺であり、私のやり方だ。

 

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筆者について

樺澤忠志(とーたる・さぽーと0528代表/納棺師)
弘前市出身。父の死をきっかけに葬祭の道へ。今、感情を封じない「喜怒哀楽の家族葬®」を弘前で提供しています。

最期に「ありがとう」が届く時間を。
それが、私の仕事のすべてです。

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